今日は豆腐のおはなしをしましょう♪
静岡で育った私にとって、そして、多くの現代の日本社会に
暮らす人たちにとって豆腐は日常的な食べものです。
豆腐の入った味噌汁、冷奴、あるいは湯豆腐、厚揚げの甘辛煮、
高野豆腐やがんもどきの煮物などなど。どれも大好き。
上記のなかで私が育った富士の麓の地域色があらわれているのは、
厚揚げやがんもどきをしょうゆと砂糖で味付けした甘辛煮のようです。
うちの母も良く作ってくれるのであたりまえのおかずでしたが、
あるTV番組でほかの地域では甘辛く煮たりしないことを知りました。


ところで、沖縄では、お豆腐はもっとよく食べている気がします。
どの地域に行ってもスーパーでどんなものが売られているのかを
見て歩くのを楽しみにしていますが、
沖縄に初めて来た1998年(!)のころ特にびっくりしたのは、
島豆腐と呼ばれる豆腐がビニール袋に入って自立していることでした。
ケースに入っていませんのよ、あの豆腐が。
何が一般的なのかは難しいところですけれども、
日本で一般的に木綿豆腐と呼ばれる豆腐よりもずっとしっかりしているので
島豆腐はケースにいれる必要がないそうです。
しかも、サイズも大きいので、ずっしりどっしりしています。
島豆腐は、そのまま食べるよりはチャンプルーや汁物に入っているかな。
比較的安価で、食べごたえがあり、たんぱく質をとれるという手軽さは
日常生活には欠かせないもののように思います。

そして、私が大好きなのは、ゆし豆腐!
いわゆる標準語だとおぼろ豆腐をイメージしてもらえばいいかなと思いますが、
東京で売られている寄せ豆腐よりもっともっとふんわり。
豆乳ににがりを入れて固まったのをその汁ごとビニール袋にパンパンに詰めて、
あるいはプラスチックの椀に入れてあります。
家庭料理としてもよく食べられているかつお出汁のゆし豆腐汁も好きですが、
私はそのまま、朝ごはんに温めて、ちょっとポン酢やショウガをのせて食べてます。
(あとはピーナッツ豆で作るジーマミー豆腐も、もちもちしていてとっても
美味しいけれど、これについてはまた今度。)



さて、この写真。
右上にあるのが、島豆腐。
それでは、左にある石けんのようなものはなんでしょうか。
実は、これが今日お話したいものの一つ、「ルクジュー」です。
これもまた、豆腐なのです。
ルクジューとは、日本の三大染色のひとつとされる紅型という
染物をつくる道具の一つで、型紙彫りの下敷きに使うものです(下写真参照のこと)。



冬の寒い時期に(沖縄にも冬があります)、
島豆腐を様子をみながら2〜3ヶ月に渡って乾燥させると
あのような茶色の固形物ができるのですが、
触ってみるとカチカチで、大豆の油がにじんでいるのがすこし感じられます。
このルクジューは、ゴム下敷きのようなものがない時代から伝わる
伝統的な道具ですけれども、このルクジューの良いところは
適度に弾力があることだけでなく、そこからほどよく滲む大豆の油は
大事な小刀の刃が錆びないような働きもしてくれるというのです。
さらに、豆腐の原料はいうまでもなく大豆ですが、
紅型染めにおいては文様を染める顔料の膠着剤として
ふやかした大豆をすりつぶした豆汁を使うので、、
紅型工房では欠かすことのないものなのだそうです。
実際、紅型工房に行くとその特有のにおいがありますが、
そのひとつは豆汁など大豆に由来するものではないかと思っています。


ただし、沖縄で「ルクジュー」といえばたんに「ろくじゅう」、
つまり「六十」のことを指し、「乾燥させた豆腐=型彫りの下敷き」を
意味するわけではないことには注意が必要です。
(いわゆる標準語では母音が「あいうえお」と5音ありますが、
沖縄の方言では、母音が「あいう」の3音のため「え」は「い」に変化し、
「お」は「う」に変化するという原則があります。
そのため「ろくじゅう」は「るくじゅう」に変化するわけです。)
民俗学者の酒井卯作によれば、沖縄では古くから油揚げ(揚げ豆腐)は
「六十」(ルクジューと読みます)と呼ばれていたといいます。
(酒井卯作 2010『柳田國男琉球:「海南小記」をよむ』森話者、180頁より)
また、沖縄タイムス社編の『おばあさんが伝える味』には、
薄く切って数日干した島豆腐を焼いた料理が「ルクジュー」と紹介されています。
沖縄タイムス社編集発行 1979『おばあさんの味』より)。
いずれも、、六十歳などの年祝いの席にはこのルクジューを二枚重ねて出す慣わしがあったそうです。
なぜ重ねるのかといえば、
六十歳の倍の百二十歳まで元気で居ることへの願いがこめられていたといいます。

ルクジューと聞いて何のことを意味すると思うのかについての
現在60〜70代の方がたへのきき取りによると、読谷村ほか一部の地域の
人びとのあいだでは年祝いのルクジューのことだと答えてくれる人がいる一方で、
普天間や牧港に育った方たちのあいだではたんに「ろくじゅう(六十)」という
数字の読みでしかないと認識されることもあるようです。
もちろん、地域性だけでなく、家々の儀礼への関わり方が異なっていることや、
私がこの件に関して聞き取りをした10名弱の人びとの意見から一概には
いえませんが、ルクジューは「六十」であり、揚げ豆腐であり、
紅型の染め道具であり、文脈がなければそのどれなのかはわからないのです。

しかし、なぜ島豆腐から作られた下敷きが「ルクジュー」と呼ばれるのでしょう。
たしかなことはわかりませんが、年祝いに出されていた油揚げや
乾燥させた島豆腐を焼いた長寿を祝う豆腐料理が
「ルクジュー」と呼ばれるようになり、
さらに同じく島豆腐から作られて見ためも似ている、
紅型の型彫り下敷きも「ルクジュー」と呼ばれるようになったのでしょう。


日々の食事はもちろん儀礼食に欠かせない食材であり、さらには、伝統工芸の道具にもなる島豆腐。みなさんも一度、味わいに沖縄へ出かけてみませんか。