私は小学生のころから高校生まで、陸上競技に親しんできました。
国立競技場にあこがれもあったし、
サッカーの試合や陸上の試合を観に行ったこともあります。
そういった思い出を脇に置いたとしても、
招致した東京オリンピックのために必要以上の施設を作ることに、
ましてや70メートルもの高さの、
景観を大きく変える建物を建てる理由は見つけられません。
残念ながら、コンペで選ばれたのは力を誇示するためとしか思えないような競技場です。
いろいろな報道を見ても建築家ザハ氏のプランがどういう経緯で選ばれたのかはっきりしませんが、
新規に建てたものでなければ、おもてなしできないのでしょうか。
それよりも、東日本大震災でまだ日々の暮らしを取り戻していない方たちのため、
建設資材や職人さんを回して欲しいのです。
2012年2月から3ヶ月に1度くらいのペースで気仙沼に通っていますが、
「暮らし」をつくりなおすのに、どれだけの時間がかかるのでしょうか。
気仙沼では、消費税の関係で首都圏でも家やマンションの需要が増したことにより、
当初予定していた資材が購入できずに壁材を違うものにしたという話も聞きました。

東京オリンピックは、
これまでの国立競技場をベースとして建て直す施設で十分だと思います。

長い時間をかけて成長してきた神宮外苑の木々はきれいです。
人が暮らしながら、時間をかけてつくりあげてきた美しさがあると思います。
それらを含めた神宮の森へ各国の方たちをお迎えするほうが、
近未来的な?流線形の馬鹿でかい競技場へ迎えるよりもずっとスマートだと思います。


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